人の目を見てしゃべれないのは能力の問題かもしれない

人の目を見てしゃべったり、人の目を見て話を聞いたりするのが苦手なほうです。ずっと苦手だな~と思ってて、自分はそういう性格なんな~と思ってただけだったけど、今日ちょっと気付いたことがありました。この苦手さは、シャイな性格のせいなんじゃなくて、情報処理能力に原因があるのかもしれないということです。

というのも今日、目上の御方と楽しくお話する機会があり、礼を失しないようになるべく目を見ようと意識したんですが、「あ、これ、難しいんだ。恥ずかしいんじゃなくて」と思ったんです。目、というか顔周辺を見ると、情報量がすごいんです。表情の移り変わりが逐一わかっちゃう。それは話に関係のある変化だけならまだしも、おいしいコーヒーを飲んだあとのほっこり感とか、モンブランを食べたあとの「なるほど」という感じとか。

それはそれで見ていて和むものなんですが、注意がそっちに流れてしまい、肝心のお話がただの音みたいになってしまうこともあるんですね。そうすると、相手の話が終わったあとに、その音を頭の中で再生しなおして、内容をもう1回吟味するための時間が別途必要になったり、最悪の場合は初めから終わりまで何も聞いてなかったなんてこともあったりするわけです(逆にこちらが話すターンのときも、途中で自分がなにをしゃべってるのかわからなくなることがある)。要するに会話の難易度がめちゃくちゃ上がるんですね。

たくさんの情報をリアルタイムにテキパキ処理できる人にとってはあんまりピンとこないかもしれませんが、たくさんの情報をリアルタイムにテキパキ処理できない人っていうのは結構いるもんです。ビジネスチックに言えばシングルタスカーというんでしょうか。その性質の一端が「目を見て会話するのが苦手」という形にあらわれてるのかもしれません。でもそういう人たちはたぶん、目を合わせないことで耳を傾けているんです。良く言えばですが。

なので、居酒屋のワイワイみたいにただ音声だけのやり取りで盛り上がるタイプの会話は別として、内容を聞き漏らしたくない会話のときは、引き続きあんまり目を見ずにやっていきたい気がしました。失礼なやつだと思われるよりも、話全然聞いてないやつになるほうが抵抗あるので。こういう理由で人の目を見ない人もいるっていうことだけ、報告させていただきました。