頭の中で流れていたスピッツに夢中で記憶が曖昧な1日

頭の中で流れていたスピッツの曲に夢中で記憶が曖昧な1日だった。

主に流れていたのはアルバム『醒めない』に入っている「ヒビスクス」という曲。スピッツの曲を<爽やか>と<間抜け>と<悩ましげ>に分けると、<悩ましげ>の区分に入る曲だ。僕はこの「ヒビスクス」という曲が大好きで大好きで仕方ないのだけど、こういう悩ましげで切ない雰囲気の曲が大好きだというのは、わりと恥ずかしく感じるところがある。この曲が好きなんだよと言って友達と一緒に聴くと、ちょっと変な感じになるのは間違いない。でも、この曲をもっとたくさんの人に聴いてもらいたいという気持ちは強い。テレビCMで使われていたので、耳にした人は意外と多いかもしれないが、絶対にフルで聴いてもらいたい。Aメロ→Bメロ→サビの繋ぎっぷりの見事さを感じてもらいたい。というか、イントロから1音も漏らさず聴いてもらいたい。

これは「ヒビスクス」に限ったことではない。たしか、何年か前の紅白歌合戦で、Perfumeが「ポリリズム」を披露したとき、僕が一番好きな「よみがえ る の」の部分が省略されていて、翌朝のおせちを落ち込みながら食べた記憶がある。紅白でポリリズムを知った年配の方々よ、あれでポリリズムの評価を決めないでくれよと願わずにはおれなかった。こういうことがあるので、テレビの歌番組で好きな歌手が好きな曲を披露するときはいつも「いい部分よ、省略されるな」と祈りながら見ている。

これを書いている今も、頭の中で「ヒビスクス」は流れっぱなしになっている。この「頭の中で曲を流す感じ」は、人によって得手不得手があるらしい。何人かの人に聞く限り、僕は比較的得意なほうだ。頭の中で曲を流すのが得意な人にはありがちなことかもしれないが、小さい頃、イヤホンをして歩いている人を不思議に思っていた。頭の中で曲を流せるのに、なんでわざわざ機器を使うんだ、しかもわざわざお金を払って、と。年を経ればその行為もある程度理解できるようになったけど、やはり今も、音楽を聴きながら自転車に乗ってる人を見ると、かつての不思議さが再来する。自分や他人を危険にさらしてまで音楽を耳から入れないといけないということは、あの人たちは頭の中で曲を流すのが極度に苦手な人たちなんだろうか。

頭の中で曲を流すのが得意なおかげで、CD数十枚分のお金が浮いたかと思うと、得をした気分になる。反面、脳内再生は停止が難しく、今日のようにひたすら流れっぱなしになって、1日の集中力を奪ってしまうことがあるのでツラい部分もある。