良いことがあったことをどう伝えるか

最近、良いことが結構起こってるけど、それを人にどう伝えるかで少し悩むことがある。良いことがあったわけなのでそんなにめちゃくちゃ悩んでいるわけではないけど、こういうことはたびたび起こっている気がするので、せっかくなので少し言及しておこうと思った。

不幸なことなら気兼ねなく書ける。骨折したら「骨折しました」と書けばいい。配偶者に捨てられたら「配偶者に捨てられました」と淡々と書けばそれだけでユーモラスにさえなる。あと、良いことの中でも「誰がどう見たって良いこと」も書きやすい。結婚したら「結婚しました!」と書くだけで祝ってもらえる。でも、「ん?まあ、良いことなんでしょうね」くらいのことは扱いに困る。

たとえば、ややマイナーな雑誌の読者投稿コーナーに自分の送った何かが掲載された場合、なんて言えばいいんでしょうね。それをちゃんと考えると「まず言う必要があるのか?」という問いから始めることになるけど、仮に言う必要があるとして、「〇〇に掲載されました」と書くとどうなるか。見た人は恐らく「〇〇って何?」「〇〇に掲載されるのってすごいことなの?」となり、あんまり共感してくれない。共感なくスルーされるだけならまだしも、たぶん印象としては「なんか自慢してたな」が残る。

結婚なんかの場合も多少の自慢っぽさは残るかもしれないけど、結婚の嬉しさそのものへの共感が勝り、わりと素直に「おめでとう!」となる。でも、単にどこかの文化で良いとされてるものの場合は、自慢っぽさだけが残ってしまい、「おめでとう」ではなく「おめでたいやつだな」と冷笑される恐れがあるわけだ。

たしかに自慢したい気持ちもあるにはあるし、それが心情の中でメインを張ってるような気もするけど、でも、学校から帰ってきた子供が90点台の答案をお母さんに見せに行くような感じで、たまには良い報告したいという気持ちもどこかではある。けど結局、純粋とはいえ子供じみたその欲求は押し込めて、やや不幸寄りなことばかり発信してしまう(誰がどう見たって良いことなんてそうそう無いので)。こういうことを続けていると、見てくれてる人のご機嫌をとってるようでいて実はその人たちを不幸に巻き込んでいるのでは?という不安もうっすらある。なのでたまにはポジティブなことを、と思うと冒頭の悩みに戻される。

ちょっとよく分からなくなってきたので本日は以上です。