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友達のお母さんにボンバーマンでの出来事を語る子供の話

学生の頃、個別塾のアルバイトとして数学を教えていた。専攻は物理だったけど、物理の問題より数学の問題のほうが好きだったので、物理はお断りして数学専門になっていた。その流れで、今も数学の問題を作る仕事を頂いている。

数学が面白いと言うと、やや気味悪がられたり、逆に妙に敬われたりすることがある。もちろん一線の数学者に対しては僕も畏れを感じてしまうが、たいていの数学好きについて言えば、小説や漫画のファンとそんなに変わらないんじゃないかと思う。数学も、前提となる世界観を必要とするという意味ではフィクションみたいなもんで。その前提の部分を、数学では「公理」、フィクション作品では「設定」と呼ぶという違いがあるにすぎない。実際、「三角形の内角の和は180度」っていう絶対正しそうなことも、そういう公理を選んだから成り立つのであって、現実世界を表現しきれているわけではない(地球の地面に書いた三角形の内角の和は180度より大きい)。

なので、数学が大の得意っていうのは、ゼルダを何周もクリアしてるとか、ドラゴンボールのセル編を2時間くらい語れるとか、そういうことと大差無いように思う。ただこのことが直感に反するせいか、数学のアカデミックな権威に寄っかかり、突っ込んだ話をベラベラ語り出して場を白けさせてしまう、という事故が至るところで起こっている。さっきの段落でも起こってたかもしれない。

自分の経験で覚えているのは、前述のアルバイトで、高校3年の女子生徒2人に数学を教えていたときの軽い事故。ちょっと変わった問題にも取り組ませることで数学の面白みを感じてもらおうと思い、「9という数字を3つ使ってできる一番大きい数ってなんやと思う?」と出題した。わりと世間話にも乗ってきてくれる朗らかな子らだったにもかかわらず、「なにそれ」「え、しらん」と、だるそうにシャーペンをフラフラされるばかり。噛み砕いて出題し直しても前進しなかったので、正解をボードに書いたら、「は? きっしょ」「ちょっと先生……」と、罵倒とたしなめを頂戴した(ちなみに正解は9の[9の9乗]乗。9の肩に9がのったものを9の肩にのせた数。問題はネットからパクった)。

けどこういう事故は、そんなに不幸をもたらすわけではない。さっきの女子生徒も次の授業では朗らかに接してくれた。たぶん悪気が無いことは伝わってるんだろう。

また、大人より子供のほうが頻繁に事故ってるように思う。小学生の頃、友達を家に呼んで一緒にボンバーマンをやっていたときのこと。ある試合で、複数のボンバーマンが同時に死ぬという出来事があり、珍しい音が出た。たまたま同じ居間にいた母がその音を聞き、ゲームの音だとは思わず何か別のことを心配する感じで「何の音!?」と驚くと、友達のひとりが嬉々として、誰々がリモコンボムを仕掛けて凹みで待ってるところに誰々が蹴ったボムが来て挟まれて云々といった経緯を説明しだして、いたたまれない気持ちになった。でもそのとき母は終始にこやかにしていたし、いま思い出すとたしかに微笑ましさのある状況だ。専門的なことを偉そうに語ってる人なんかも、ボンバーマンの出来事を教えてくれてる子供だと思うようにすれば、多少は可愛く見えるのかもしれない(ただ、さっきの友達は、中学に上がると、マジック・ザ・ギャザリングについて僕に2時間めちゃめちゃな早口で説明してくる子に成長していた)。

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